あの頃は僕も
僕は道を一人で歩くとき急ぐ。
それは幻聴のせいでもあるし、
喧騒のせいでもある。
両方ともいいものではない。
言葉が汚い。
「死ね」「キモい」「最悪」など、
僕が必要としたくない言葉だ。
それを道で聞くと、昔の学校生活を思い出す。
学校にいるときは周りが若いからだと思っていた。
しかし、どうも違うらしい。
人が増えれば増えるほど、
人間はそんな一面を見せつけてきた。
そんな言葉を当たり前のように使う人と、
同じ空間にいたくない。
バスに乗り、駅へと向かう。
たいていアニソンメドレーを聞いている。
バスが十三に着いた。
今日は静かな気がした。
イヤホンを胸ポケットはしまい、
久しぶりに外の音を聞いて歩くことにした。
心を落ち着けて、頭の中を空っぽにした。
こうすれば、幻聴が少なくなり、
もし聞こえても自分に言われているか判断しやすくなる。
それでも久しぶりの外の刺激は容赦無かった。
笑い声、若い人の会話、平気で悪口を使う人の視線。
お前もそうしてやろうかと言わんばかりに、
彼らは道の真ん中を堂々と歩いてくる。
歩く速度がだんだんあがってくる。
だから嫌なんだ。
こいつも、こいつも、こいつも、腹が立って仕方がない。
頭の中に悪い言葉が溜まっていく。
自分の中から引き出してしまうものと、
耳に残るこいつらの言葉が溜まっていく。
スクランブル交差点の信号が赤になる前にと急いだ。
もう周りの音は気にしたくなかった。
聞かない、無視だ、とにかく走れ。
「あの…あの!すみません!すみません!」
僕はスクランブル交差点内で思わず振り返った。
後ろには肩で息をする男子高校生がいた。
この制服はうちの近所の工業高校の子だ。
「イヤホン落としましたよ」
僕は早口でお礼を済ませてしまった。
男の子の口元が少しだけ笑っていた。
近所のあの工業高校で、若い男の子。
この辺りにまだそんな人がいるなんて。
記憶もさかのぼれないくらいの懐かしさを感じた。
パナソニックのイヤホン。
僕の生命線。
駅で電車を待っていると、
幼い女の子と母親が手を繋いで歩いていた。
母親から漏れるような笑い声が聞こえた。
「良かったね!」
女の子はそういうと、
母親の真似をしようと不器用に笑っていた。