おっちゃん
今日は幻聴に苛立っていた。
調子が悪い日は外に出たくないのだが、
前々からの彼女さんとの約束があった。
電車に揺られながら、
悪口ばかり聞こえる自分の将来に、
希望が持てなかった。
途中の駅に止まるところで、
カバンの中からイヤホンを取り出そうとかきまわした。
「すんまへん、すんまへん、通ります〜」
電車が動き出す前に、
僕の座席の前まで来ておっちゃんは、
向かいに座った。
「すんまへん、座らせてもらいます〜」
おっちゃんは大きな声でそういうと、
嬉しそうに腰かけた。
そして汚れて古くなったスポーツメーカーのリュックサックに、
ダイソーにも売ってなさそうな、
ビニールの古いカバン二つの計三つを床に置いた。
周りの人たちは少し距離をとったり、
離れたりする人もいた。
おっちゃんは少しうつむいた。
僕はおっちゃんに少し同じ匂いを感じた。
自分が善かれと思った言動が悪い方に転がる。
どうしてそうなるかわからない。
ただし不安が増していき、
無自覚に心身を侵されていく。
このおっちゃんもそういう経験をしてきたのではないか。
きっと不安だからそんなにも荷物が多いんだ。
お金もなく周りから嫌厭されたり、
そこから抜け出すこともできないんだ。
僕は昔のいじめられていた記憶が、
フラッシュバックすると思った。
するとおっちゃんはにたにた笑った。
ポケットからしわくちゃなチラシを取り出し広げると、
それはうな重のチラシだった。
それは生きる喜び、純粋な笑みだった。
側から見ると周りが見えないのかと偏見を持たれそうだが、
僕にはうつむく辛い時期はもうすぐ終わるよと、
そうさとすくらいの切り替えの早さだった。
「そんなところに自分の価値を置いてたまるか」
尊い存在になろうとする前に、
おっちゃんからそんな幻聴が聞こえた。